2016-2017 会長テーマ 
結成60周年 原点を見つめ 新たな挑戦を 未来へつなぐウィ・サーブ   

常滑ライオンズクラブ紹介

 常滑LCのスポンサークラブが京都LCだと聞くと大方の人は驚くようだ。全国で46番目、愛知県では名古屋、一宮に次いで3番目の誕生とは如何に当時の先人達は進取の精神に富んでいたかがうかがわれて興味深い。常滑LCの設立は1957年3月25日だから間もなく半世紀を迎えようとしている。(注) 2012年3月で結成55周年を迎えた。 LCの繋がりで言えば全くの幸運な出会いがあったとしか言いようがない。当時、常滑には近鉄が企画する近畿文化会という京奈良の神社、仏閣を定期的にバスで見学する趣味の会があった。そのバスツアーには現地案内役として当時の京都大学教授で文学博士の中村直勝先生が何度か案内して下さったようだ。いつも参加するメンバーには常滑の政治経済の主力の人も誘い合って来ていた。その頃の常滑といえば、交わす言葉は職人の町らしく誠に粗野そのもの。常滑以外の人には喧嘩を売られていると思われても仕方がない位の言葉使いであった。しかし、言葉遣いのきつい人程、気は優しいと言われたものだ。文化人の中村先生には常滑人は「なんという品のない奴らだ」と最初は思われたに違いない。だが、そこは大先生。神社、仏閣を説明してもいろいろしつこく質問してくる。先生の書かれた「奈良大和路の魅力」「京の魅力」を読むと大変ユーモアにとんだ寛大な先生であったようで、常滑の人は口は悪いが性格は極めて素直で「粗野ではあっても卑ではない」ところに目をつけられて「この下品な人たちをもう少し品良くにするにはLCを作らせて奉仕の精神を学ばさせるとよかろう」と。当時すでに先生は京都LCの中心メンバーであったので強く勧められた。常滑人は個性の強烈な人が多く、人の反対を言う人は多かったがこと中村先生の言葉には皆絶大な信頼をおいていたようだ。まだ知多半島でどこもやっていない事、奉仕という新しい事をやろうという気持ちで団結した。どうも常滑人の言葉の荒々しさと開拓者精神は何か関係しているようにも思える。これからは常滑LCも往年の常滑弁で野性味ある常滑人スピリットを取り戻したらどうだろう。 京都LCには初心を忘れず今でも毎年感謝の念を込めて例会に表敬訪問させて頂いている。(注釈)名古屋ホストLCの準スポンサークラブについて LC設立準備では京都LCまで何度か質問に訪問していたが、余りの遠路を先方が気の毒に思い、近くの名古屋LCを紹介して頂いたのが始まりである。

(文:平成15年8月)